渡辺一幸 「職人の雇用保障と次世代への技能継承」

 職人の雇用保障の一つとして社会保険加入の義務付けがあると思います。本来加入していることが当然なのですが、我々専門工事業では社会保険どころか労働保険すら加入していないのが現実です。社会保険加入となれば会社の負担も大きく、個人の手取りも減り、社員からは生活が苦しいと言う声もありますが、社会保険は国民保険や建設国保などと比べても大きな違いがあることを理解して頂きたいと思います。

 我々専門業(職人)は、今までそうした自分自身の保障問題を理解せずに働いてきたのではないでしょうか。また、経営者(親方)の理解が薄い分、従業員に対しても社会保険の良さを教えられていなかった部分があると思います。このような状態で、急に行政・元請けから社会保険に加入するようにとの通達がありました。下請業者は大変戸惑っていると思います。しかし、きちんと取り組んできた会社にとってはチャンスだと思います。「会社に守られている」「社会保障がある」そのような保障があるから、我々鳶職のような危険の多い職種でも、安心して社員が働いていけるのだと思います。

 鳶職は最初に現場に乗り込み資材の搬入から始まり、仮囲い組立等の仮設計画を行い、第三者に危険がおよぶ場所はないか、危険箇所での対策はどうするか、さまざま計画を立てて作業を行います。その中の一つが、みなさんが現場で、まずに目にする仮囲い工事です。鳶の仕事は第一工程として仮囲いを組み、第二工程として建物の原型となる鉄骨の組立および、外部に面する足場工事にかかります。第一工程から第二工程へ移る間は、他業種の作業工程が終わるまでは少し現場を留守にしますが、強風などの天災時は、時間を要さず、即現場に駆けつけ養生や復旧等を行います。仮に他業者の不手際で事故が起こった時も、これもまた鳶が駆けつけ、鳶の「技術」「知識」が必要とされます。何故、何時も鳶なのかと考えると、やはり鳶職人は常に現場全体を把握できているから必要とされているのです。鳶職は、とても知識やセンスを問われる分野です。鳶職は何にでも対応できなければなりません。何にでも対応できるのが鳶職なのです。現場全体を指揮するのも鳶職の大きな役割です。

 今、そういった鳶職人の不足や老齢化が深刻になってきています。元請けからの指し値発注、安価発注が続く中で、二〇一三年度の建設物価本では、施工単価・労務単価も少しは上がっていますが、同じ平方メートル、立方メートルを組み立てるとしても、作業内容は現場によって大きく左右されます。施工単価表はあくまで基準として理解していただきたいと思います。現場によっては五倍、一〇倍の手間のかかる現場も数多くあります。行政も各現場によって単価の基準に幅をもたせていただきたいと思います。

 また、今の単価では、熟練の職人さんを雇用できる経費が出ません。鳶職を少しかじった程度の一人親方が増えると同時に、現場作業員(職人)はすべて一人親方を集めた人夫貸しといったような業者が増え、我々はそのような業者と同じ土俵に上げられ単価をどんどん下げられているのです。それでも万が一事故でも起きた時には、従業員にきちんとした保障をしていないと取り返しがつきません。そのために社会保険も掛けて頑張っているのですが、きちんとしている会社ほど青息吐息という状態です。

 元請けも下請けも、現状が本当に将来の建設業のためにならないことや、職人の技能の継承につながらないことはわかっているはずです。みんなわかってやっているのだから、監督さんも上司の顔色・パソコンばかり見ないで、もっと現場や職人の顔を見てもらいたいと思います。便利な世の中になっているように見えて、実は毎年書類ばかりが増え、部下は怒ればすぐ辞める。元請け業も下請け業も一緒です。我々職人も技能を身に付けて技能の向上、技能継承に頑張らなくてはなりません。元請けさんも頑張っている業者には、その内容に見合った単価・評価をお願いします。

 我々も今が正念場と思っています。レベルが同じ会社同士の競争ならわかりますが、ブローカー的な業者で、社会保険には社長を含め三、四人ほどしか加入せず、人夫貸しのような業者と戦っています。元請けも、そのような業者とわかっていながら、どうして技術力の低い業者を選択するのでしょうか。事故が起きなかったらラッキー、事故が起きたら予算が倍いった、書類の提出が増えた程度の話で終わらせず、技術力があり、安全管理のできた会社には、内容に見合った単価評価での発注をお願いします。我々の単価、評価が上がることにより、例えば監督の無駄な手間も省け、安全面・品質の向上につながるのではないでしょうか。

 結びに、経営者も今一度本気で五年、一〇年先を考え、社員の汗をかく姿・怒っている姿・笑っている姿、いろいろな角度から作業姿を見ると、本当にこんな単価で仕事を受けて良いのか、私の会社単価はこの単価じゃないだろうと、少しは考え方も変わり、元請けともう一度膝を交えて交渉しなければと思うのではないでしょうか。職人のプライドはどこにいったのでしょうか。もちろん、元請けあっての下請けであり、下請けあっての元請けであると思います。従業員が経営者の気持ちがわからないのは当たり前、でも経営者は従業員の気持ちがわかってやれる経営者でありたいと思います。